大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 平成10年(ヨ)21号 決定 1999年4月07日

債権者

松山京子

債権者

酒井伸子

右両名代理人弁護士

臼井俊紀

(他二名)

債務者

社会福祉法人長門市社会福祉協議会

右代表者理事

見嶋達三

右代理人弁護士

末永汎本

越智博

主文

一  本件各申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は、債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  債権者ら

1  債権者らが、債務者の従業員としての地位を有することを、それぞれ仮に定める。

2  債務者は、いずれも平成一〇年四月から本案裁判確定に至るまで毎月末日限り、債権者松山京子に対し金二三万一九六七円ずつを、債権者酒井伸子に対し金二三万九八二三円ずつを、それぞれ仮に支払え。

3  申立費用は、債務者の負担とする。

二  債務者

主文同旨

第二事案の概要及び争点

一  概要

本件は、債務者に雇用され、その従業員として勤務してきた債権者らが、平成一〇年三月三一日、債務者から、債務者職員就業規則(以下、「就業規則」という)に定める解雇事由を理由に、解雇された(以下、「本件解雇」という)ことについて、その無効を争い、前記第一、一掲記の各仮処分命令を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 債権者松山京子(以下、「債権者松山」という)は、平成七年四月に、同酒井伸子(以下、「債権者酒井」という)は、平成八年四月に、それぞれ債務者に雇用され、いずれもホームヘルパーとして勤務してきた債務者の従業員である。

(二) 債務者は、長門市において、社会福祉を目的とする事業の企画及び実施やホームヘルパー派遣事業の受託運営等を事業とする社会福祉法人である。

2  本件解雇に至る経緯

(一) 債務者は、従来、長門市からホームヘルパー派遣事業の委託を受け、その運営を遂行してきた。

(二) 平成九年六月、債務者の会長(理事)が、見嶋達三(以下、「見嶋」という)に交替した。

(三) 債務者が受託運営してきた右ホームヘルパー派遣事業につき、長門市がなしたところの民間への移管決定に伴う債務者従業員の移籍の件に関し、債権者松山は、平成九年一〇月三日、同酒井は、同月六日、債務者に対し、いずれも債務者に残留する旨の意思を表示した。

(四) 右移籍の件につき、同月一四日及び同年一一月一七日の各日、債権者らが所属していた自治労長門市役所職員労働組合(以下、「市職労」という)と債務者との間でそれぞれ団体交渉が行われたところ、後者における団体交渉において、市職労は、債権者松山が債務者に残留し、同酒井が、右移管先である社会福祉法人福祥会ゆもと苑(以下、「福祥会」という)へ移籍することを最終回答として提示した。

(五) 債務者は、債権者松山に対し、平成一〇年一月一九日、「明日の理事会で九分九厘、債権者松山の解雇が決定する、福祥会へ行くように」という趣旨の説明をした。

(六) 債務者は、同年一月二〇日の理事会及び同年二月一六日の評議員会において、債権者松山の解雇を決定した。

(七) 債務者は、同年二月一六日、債権者松山に対し解雇予告の意思表示をし、同年三月三一日、債権者らに対し、それぞれ解雇の意思表示をした。

(八) この間、債権者らは、同月一八日、市職労を脱退して、山口県自治体一般労働組合を結成加入し、債務者と団体交渉を持った。

(九) 債務者から、平成九年分の給与、賞与として、それぞれ、債権者松山は二七八万三六一一円の、同酒井は、二八七万七八五五円の、各支給を受けていた。

三  争点

本件の争点は、

1  本件解雇は、債権者らと債務者との間で成立したとする雇用継続保障契約に違反するところの解雇権の濫用であるとして無効であるか否か、

2  本件解雇は、整理解雇の要件を欠き、解雇権の濫用として無効であるか否か、

3  1又は2により本件解雇が無効とされる場合、保全の必要性いかんというところにある。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 債権者ら

債務者は、債権者らに対し、平成八年一〇月から平成九年一〇月一四日までの間、「ホームヘルパー派遣事業の受託先が債務者から民間(福祥会)に移管されても、債権者らが希望すれば債務者の従業員として雇用を継続する」旨、再三約束していた。これを受けて、債権者らは、債務者に対し、残留を希望する意思を表示し、債務者も、その都度これを了承する旨回答していたのであるから、これにより、債権者らと債務者との間で、雇用継続保障契約とでもいうべきものが成立したと解される。そして、債務者は、ホームヘルパー派遣事業の受託先が民間に移管され、長門市からの委託金が支給されなくなることも熟知した上で右契約をした以上、かかる契約の基礎事情に特段の変化が生じない限り、ホームヘルパー派遣事業が移管したことを理由とする解雇権の行使を放棄したというべきである。しかるに、債務者は、右契約の基礎事情に何らの変化も生じていないにもかかわらず本件解雇を行ったのであるから、同解雇は、信義則上右契約に違反し、かつ解雇権の濫用として無効である。

(二) 債務者

債務者は、債権者らに対し、雇用継続ができる方向で努力することを約束したことはあるものの、雇用継続自体を約束してはいないから、債務者と債権者らとの間に、債権者らが主張する雇用継続保障契約は成立していない。

2  争点2について

(一) 債権者ら

(1) 本件解雇は整理解雇であるが、これが有効といえるためには、<1>人員削減の経営上の必要性、<2>整理解雇選択の必要性(解雇回避の努力の義務)、<3>被解雇者選定の妥当性、<4>手続の妥当性(本人及び組合との協議義務)の各要件を充足することを要する。しかるに、本件解雇は、次のとおり、右のうちの<1>、<2>及び<4>の各要件を欠いたものであるから、無効である。

(2) 人員削減の経営上の必要性

債務者は、平成一〇年度以降、長門市からのホームヘルパー派遣事業の受託がないとしても、会費の値上げや善意銀行会計からの一般会計への繰入れ、ボランティア基金・社会福祉基金の取崩し、パート職員ないしパート時間の削減等によって、債権者らの人件費を確保することが可能であるから、経営上、解雇による人員削減をしなければ倒産必至の状況に至るものではない。

(3) 整理解雇選択の必要性

債務者は、ホームヘルパー派遣事業の受託がないとしても、有償の在宅福祉サービス事業、ふれあいボランティア在宅サービス推進事業、ホリデーサービス運営事業、サテライト型サービス事業など他事業の積極的展開や、平成一二年度の介護保険法施行の下でのホームヘルパー派遣事業の展開等の展望の下、そのための配置転換や債権者らに対する減給ないし一時休業等の選択など、本件解雇を回避する措置はいくらでもあったにもかかわらず、かかる解雇回避の努力を怠った。

(4) 手続の妥当性

債務者は、債権者らに対し、長門市からのホームヘルパー派遣事業の受託がなくなっても債務者の従業員として雇用することを、何度も約束していたにもかかわらず、本件解雇に至ったのであるから、手続の妥当性を欠く。

(二) 債務者

(1) 人員削減の経営上の必要性

ホームヘルパー派遣事業は、債務者の独自事業ではなく、事業主体である長門市から委託を受けて行っていた事業であり、同事業の予算は、全額、委託者である長門市からの委託金で賄っていたものであるところ、同市が平成一〇年度から同事業の委託先を債務者から福祥会へ移管替えすることを決定したことから、債務者において同事業の継続が不可能となったものである。したがって、右によれば、債務者には、人員削減につき、客観的に高度な経営上の必要性がある。

(2) 整理解雇選択の必要性

債務者は、受託先の変更により、債権者らホームヘルパーが従事するホームヘルパー派遣事業の受託継続が不可能となることから、債権者らを他の事業に配転することも検討したが、老人デイサービス、心身障害児(者)デイケア、身体障害者デイサービス、俵山幼稚園、渋木児童館、青海島児童館のいずれの事業についても、長門市からの受託事業であって、既に必要な職員が在籍しており、右事業のいずれについても、同市から債権者らを配転することにより生じる人件費増(委託金増)の了解を得ることができなかったことから、配転による解雇の回避はできなかった。また、債務者は、長門市を通じて、新たに委託先となる福祥会に対し、債権者らを含めた債務者のホームヘルパー三名の採用を働きかけ、最終的には債権者らについては、債務者における場合とほぼ等しい勤務条件での採用の確約を得たが、債権者らにおいて、単に、債務者に残留したいとの理由のみで福祥会へ移ることを了解しなかったため、最終的には解雇せざるを得なくなったものである。右によれば、債務者において、本件解雇回避の努力は十分に行った。

(3) 手続の妥当性

債務者は、ホームヘルパー派遣事業の受託がなくなっても、雇用継続に努力する旨約束していたが、債権者らを従業員として雇用し続けることまでは約束していない。そして、債務者は、前記(2)のとおり、債権者らの雇用継続が困難となったことから、債権者らの福祥会への再就職について現状とほぼ同等な条件での雇用確保を行ったが、債権者らにおいてこれを拒否したものであり、右経緯によれば、手続的にも、債権者らに対し十分な配慮を行ってきた。

3  争点3について

(一) 債権者ら

債権者松山は、夫の収入に自己の収入を合わせたもので家計を支えており、同酒井は、本人のみの収入で家計を支えているのであるから、本案の確定を待っていては回復し難い損害が生ずる虞れがある。

(二) 債務者

債権者松山の夫は、船員であるところ、平成九年度の年収は六〇四万六〇六二円であり、家族関係を考慮しても、一家の生計を保つのに十分な収入を得ている。また、債権者酒井は、看護婦の資格を有し、看護婦として稼働していた際には、債務者での勤務時よりも高額の収入を得ており、現時点で、看護婦としての就職は容易である旨を自認するなどしているから、保全の必要性はない。

なお、債権者らは、本件解雇の翌日である平成一〇年四月一日に、債務者から、失業保険の給付手続に必要な離職証明書を取得しており、失業保険の支給を受けているから、かかる意味でも保全の必要性はない。

第三争点に対する判断

一  経過

前記第二、二に掲記した争いのない各事実に加えるに、(書証略)、債権者松山京子、同酒井伸子及び債務者代表者各審尋の結果並びに審尋の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる(ただし書証略及び債権者酒井伸子の審尋の結果については、いずれも後記採用し得ない部分を除く)。

1  当事者

(一) 債権者松山は、平成六年一〇月、債務者の「常勤ホームヘルパー採用試験の実施について」という募集に応じて受験し、平成七年四月、債務者に雇用された者であり、債権者酒井も、平成七年一〇月、債務者の右採用試験を受験し、平成八年四月、債務者に雇用された者であって、いずれもホームヘルパーとして勤務していた債務者の従業員である。

(二)(1) 債務者は、昭和三〇年に任意団体として発足した長門市社会福祉協議会を、昭和三八年に、社会福祉事業法に基づき社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人として法人化した組織であって、長門市民が世帯単位で会員となっており、長門市において、社会福祉を目的とする事業の企画及び実施や、後記2(一)のとおりのホームヘルパー派遣事業の受託運営等を事業としている。

(2) 債務者の独自財源としては、長門市民が世帯単位で会員となって支払う一世帯当たり年額三〇〇円の会費及び善意銀行(昭和三九年八月一日開設)からの寄付金があるのみであり、他の財源である、共同募金の配分金、山口県、長門市及び山口県社会福祉協議会からの各補助金並びに同市からの委託金については、いずれもその使途が定められており、他の使途に流用できない財源である。

2  本件解雇に至る経緯

(一) 債務者は、長門市との間で、昭和五七年一一月一四日、家庭奉仕員(ホームヘルパー)派遣事業委託契約(以下、「本件委託契約」という)を締結し、以後、同市が派遣を決定した世帯に対してホームヘルパーを派遣し、当該世帯に対し、同市が決定した、家事、介護、相談及び助言指導等に関するサービスの提供を遂行してきた。

本件委託契約によれば、ホームヘルパーに関する勤務条件の決定、選考、任命又は委嘱及び指揮監督は債務者が行うとされる一方で、その事業に関する経費の全額が、国、山口県補助基準の範囲内で認められる長門市からの委託費の交付により賄われるため、債務者は、事業年度前に、事業計画及び歳入歳出予算に関する資料を同市に提出し、同市と協議し承認を得ることを要するものとされ、同市に対し、業務に係る報告書の提出が義務づけられるなど、右事業の遂行において同市からの監督を受ける関係にあった。

(二) 長門市は、平成六年一月、同市老人保健福祉計画を策定し、平成一一年度までに、常勤のホームヘルパーを一五名確保する計画を立てたが、ホームヘルパー派遣事業の委託先である債務者の施設は手狭で増員が困難であることから、同年九月、同市が設置している養護老人ホーム長寿園の老朽化に伴う諸施策を検討するために、「養護老人ホーム長寿園等の経営法人選考委員会」を発足させ(同年一一月から、「養護老人ホーム長寿園移転改築等委員会」に改称)、養護老人ホームの移転改築や老人保健福祉計画について協議・検討した結果、養護老人ホーム長寿園の移転改築に併せて、ヘルパーステーション、緊急通報センター、痴呆性専用ショートステイ居室、虚弱老人用ショートステイ居室、痴呆性専用デイサービスセンター、生活援助型食事サービス用厨房及び在宅介護支援センター等の在宅福祉関連施設を一体的に整備することとし、平成七年六月一二日、これらを福祥会へ一括して委託することを決定した(書証略中には、右委員会において、ホームヘルパー派遣事業の福祥会への委託は議論の対象となっていなかったとされる部分が存するが、その真偽は明らかでなく、当該部分をもって右認定を覆すには足りない)。

(三) 長門市は、平成七年六月ころ、債務者に対し、平成九年度末をもって本件委託契約を解除し、福祥会へ委託替えする旨を通告した。

これを踏まえ、同年一〇月の債権者酒井の採用試験時に、長門市役所福祉事務所の大和係長から、債務者のホームヘルパー派遣事業が将来民間委託となるとの説明がなされた(この点につき、債権者酒井は、その審尋の結果(書証略)中において右事実を否定する供述をなし、(書証略)中にもこれに沿う部分があるが、右は、いずれも客観性に欠け、(書証略)にも対比した場合措信し得ず、採用できない)。

(四) 長門市と債務者は、平成八年二月一五日の事務連絡協議会において協議し、最終的に本件委託契約を解除することを確認したところ、同年一〇月、債務者の当時の前田会長及び新前豊事務局長(以下、「新前事務局長」という)は、債権者松山外一名に対し、債務者のホームヘルパー派遣事業が民間委託となることを伝え、「残りたければ社協(債務者)に残る権利がある。自分たちで決めて欲しい」と言った。

かくして、債務者は、長門市を通じて福祥会に対し、債権者らをホームヘルパーとして雇用するよう申し入れ、これを踏まえて、同市は、平成九年五月から福祥会と事務折衝を行ったところ、同年七月一一日及び九月三日の各協議において、最終的に、債務者における勤務条件とほぼ同等の条件で移籍可能との回答を得た。そこで、同年一〇月三日、見嶋(同年六月に、債務者の会長(理事)に就任)は、債権者らに右回答を口頭で説明した。

なお、この間の同年八月一一日、新前事務局長は、債権者松山外一名から、「私たちが残りたいと言えば、本当に残れるのか。残れるとしたら、ポストはどうなるのか」との問いに対し、「心配しなくて良い。ポストはどこと今は言えないが、社協は他にも沢山委託事業があり、そのどこかに行ってもらうことになる。大丈夫」と答えた。

(五) 見嶋と新前事務局長は、同年九月二二日、債権者らに対し、「福祥会へ移行するが、皆は社協の職員だから、行くか残るか君たちの意志で決めて欲しい。酒井くん(債権者酒井)は面接時に条件はついているが」と言った。これに対し、債権者松山は、平成九年一〇月三日、同酒井は、同月六日、いずれも、債務者に対して、残留の意思を表示したところ、それらに対し、見嶋は、「わかった」と答えた。また、同月一四日、債権者らが所属していた市職労と債務者との間で団体交渉が行われ、その席で、市職労において、債務者に対し、債権者らの雇用継続を約束する旨の文書を要求したところ、見嶋は、「これだけ証人がいるからいいだろう」と言って、右要求に応じなかった(もっとも、この時、債権者らはその場に居合わせていなかった)。しかし、同月一五日、債権者らが見嶋に、残留の意思を伝えたのに対し、同人は、「二人の気持ちは良くわかったが考え直せるなら又言って欲しい。仕事は何とかしよう」と答えた。

また、同月二二日、長門市役所福祉事務所田村隆夫所長(以下、「田村所長」という)と同所長補佐兼高齢障害福祉係長中村守が債務者に来所し、田村所長において、債権者ら外一名に対し、「社協の会長が言いにくいところを替わって言いに来た。常勤ヘルパーとして採用したことを認識して欲しい。現在の社協の財政状況、市からの委託金など認識して欲しい。デイサービスでは現在パートでどうにかまかなっている。正規職員にすると赤字になり、これを市は持てない。私が言うべきではないが、再度、判断して欲しい。三人の処遇について、これ以上前進はないと市長が話している。あちら(福祥会)に早く返事をしなければならないので、自分のことだけ考えるのではない。事業が移るだけで、受け皿は用意している。条件もそんなに悪くなる訳ではない。市長が行って話せば何とかなると言った」旨説明した。

しかし、債権者らは、団体交渉の席で見嶋が残留を承諾したとして、これに応じず、同月二四日、見嶋に対し、残留の意思は変わらない旨を伝えた。

(六) 平成九年一一月五日及び七日には、債務者と市職労との団体交渉が行われたところ、右七日の団体交渉において、市職労は、債権者酒井が福祥会へ移り、同松山が債務者に残留すること、そのため、債務者において、予算的に最大限の努力をすること、以上を最終回答として提示し、それらに対し、見嶋らは、「善処する」と回答した。

(七) 債務者は、右回答を踏まえ、債権者松山につき、債務者内の配置転換による雇用継続を企図して、同債権者を老人デイサービス事業の寮母に配置転換することを前提としたところの同事業の寮母を三名とする、「平成一〇年度老人デイサービス事業予算(案)」を作成し、平成九年一一月末、長門市に対して委託費の増額を要請したが、同市は、同事業に係る国の補助基準で寮母は二名とされているが、既に、右寮母は二名いることを理由に、これを拒否した。

また、債務者は、債権者松山を他の部門に配置転換することも検討したが、心身障害児(者)デイケア、身体障害者デイサービス、俵山幼稚園、渋木児童館及び青海島児童館のいずれの事業についても、長門市からの受諾事業であって、既に必要な職員が在籍しているため、右事業のどれについても、同市から人件費増(委託金増)の了解を得ることができなかった。

(八) 右の経緯から、見嶋は、債権著松山に対し、平成一〇年一月一九日、「明日の理事会で九分九厘、君の解雇が決定する。福祥会へ行くように」という趣旨の説明をした。

(九) 債務者は、同月二〇日の理事会において、新前事務局長及び田村所長により、前記(七)掲記の事情のほか、今後導入される介護保険制度との関係で歳入が不安定になり、現職員の処遇さえ厳しい旨の説明をしたのに次いで、理事から、「平成一〇年度は人件費補助方式が事業費補助方式になり、収入が出来高払いになるので財政面の不安が大きい」、「介護保険導入後(平成一二年度より)は保険料からの収入となり、対象者減が見込まれるので、収入減が予想される」、「債務者の自主財源は一世帯三〇〇円の会費(総額二〇〇万円強)ぐらいなので、人件費を出す余裕はないし、現状では増額も困難である」、「善意銀行の金は人件費に回せない。趣旨が違う。それが市民に知れたら、債務者に寄付が入ってこなくなる恐れがある」などの意見を聴取した後、債権者松山を就業規則三一条三号により、同年三月三一日付けで解雇することを賛成多数で決定した。

また、同年二月一六日に行われた債務者の評議員会は、債務者の定款二条(事業)(13)の「ホームヘルパー派遣事業の受託運営」を削除することを承認するとともに、右理事会と同様に債権者松山の解雇を決定し、同日、債権者松山に対し解雇予告の意思表示をした。

(一〇) 債権者酒井は、同僚の三輪みどりと共に、平成一〇年二月二五日、長門市役所助役室に呼ばれたところ、同所において、山本助役、田村所長、見嶋及び福祥会関係者二名の同席の下、右福祥会関係者から、当初、債務者から異動してくるホームヘルパーに対しては、面接はするが作文試験は行わないことにしていたのを変更し、同債権者らに対し作文による試験を実施するとの発言があった。これに対し、見嶋が抗議したため、作文による試験の実施自体は撤回されたが、右発言を聞いた債権者酒井は、債務者からの退職の意向を撤回した。その後、見嶋らは、連日、右二八日の面接試験を受けるように再三説得したが、債権者酒井は、これに応じなかった。

(一一) 債権者らは、平成一〇年三月一八日、市職労を脱退し、同月一九日、債権者松山を執行委員長、同酒井を書記長とする、山口県自治体一般労働組合を結成し、同月二〇日、その旨を債務者に通知するとともに、同月二七日に団体交渉を行うよう申し入れた。

(一二) 債務者は、平成一〇年三月二七日、理事会及び評議員会で債権者酒井の解雇をも決定し、同月三一日、債権者らに対し、それぞれ就業規則三一条三号の「やむを得ない事業上の都合」に該当するとして、解雇の意思表示をした。

(一三) 債務者は、平成一〇年三月三一日、債権者松山に対し、退職一時金二七万〇九〇〇円の受領を、同酒井に対し、退職一時金一七万四三六〇円及び解雇予告手当一五万六三〇〇円(債権者酒井の三〇日分の平均賃金相当額)の受領をそれぞれ求めたが、両名はいずれもその受領を拒否したので、同年四月七日、これらを供託した。

二  争点1(本件解雇は、債権者らと債務者との間で成立したとする雇用継続保障契約に違反するところの解雇権の濫用であるとして無効であるか否か)について

前記一2(四)ないし(六)で認定した債務者の前田前会長、新前事務局長及び見嶋の、債権者らに対する各言動は、債権者らに、雇用継続を約束したとの期待を抱かせるたぐいのものといえなくはない。

しかしながら、債権者らの残留の意思の表明に対し、見嶋において、単に、「わかった」と答えたのみで、右約束をしたとまで認めるのは、経験則に照らし困難であるし、平成八年八月一一日の新前事務局長の、債権者松山外一名に対する発言にしても、それから一か月経過後には、「(中略)皆は社協の職員だから、行くか残るか君たちの意志で決めて欲しい」と、以前の言辞に比べてそのニュアンスを変えていることが認められ、さらに、同年一〇月一四日の市職労との団体交渉の席上における見嶋の発言についても、それがなされた翌日の一五日には、同人において、再度、債務者への残留の意思を表明した債権者らに対し、「二人の気持ちは良くわかったが考え直せるなら又言って欲しい」などと、従前の発言から後退したような内容を述べているのであるから、これらを全体として客観的にみた場合、それぞれの真意が、果たして、債権者らに対し、雇用継続まで約束するものであったとはにわかに断じ難いところである。

さらに、前記2(一)で認定した事実によれば、債権者らを債務者に残留させるか否かは、本件委託契約を含む組織、制度上、債務者の一存のみで決し得ることではなく、長門市の承認を要する事項であることに照らせば、債務者の幹部らがなしたとはいえ、前記各言動をもって、債権者らと債務者との間で、債権者らの主張する雇用継続保障契約が成立したとは認め難いところである。

したがって、右雇用継続保障契約が成立したことを前提に、本件解雇が、信義則に反し、解雇権の濫用に当たるとして、無効であるとする債権者らの主張は肯定し得ないところである。

よって、争点1は積極に解されない。

三  争点2(本件解雇は、整理解雇の要件を欠き、解雇権の濫用として無効であるか否か)について

1  前記一2(一二)で認定したごとく、本件解雇は、就業規則三一条三号の「やむを得ない事業上の都合」に該当するとしてなされたものであるが、それは、長門市が債務者に委託して行ってきたホームヘルパー派遣事業を民間に委託替えしたことに伴う余剰人員の整理のためになされたものであり、整理解雇に該当すると解される。

ところで、かかる整理解雇は、労働者の責に帰すべき事由によるものではなく、もっぱら使用者側に存する事由に基づいて労働者を一方的に解雇するものであるから、整理解雇が有効であるためには、憲法が、労働者の生存権、労働基本権を保障している趣旨と、経営者の経営の自由(営業の自由)を保障している趣旨に鑑み、<1>人員整理の経営上の必要性、すなわち、それが企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものであること、<2>整理解雇を回避する手段の有無、すなわち、当該人員整理の具体的状況のなかで全体として解雇回避のための真摯かつ合理的な努力をなしたと認められるか否か、<3>解雇手続の相当性、合理性の存否、すなわち、使用者は、労働組合又は労働者に対して、整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき納得を得るために説明を行い、さらに、それらの者と誠意をもって協議したか否か、を総合的に考慮して決するのが相当である(右のほかに、「被解雇者選定の妥当性」も判断要素として挙げられることがあるが、前記一で認定した経過からして、本件解雇においては、かかる要素を考慮することを要しない)。

これに対し、債権者らは、右<1>の要件に関し、解雇による人員整理を行わなければ倒産必至の状況に至ることが必要であると主張するかのごとくであるが(前記第二、四2(一)(2)参照)、人員整理の必要性について右のごとき厳格な要件を課すことは、事業主体の経営状況の判断につき、経営者に余りに過大な危険を負担させる結果となり、ひいては、経営の自由に対する制約として過大に過ぎるといわざるを得ず、採用し難い。

そこで、以上を前提に、本件解雇の有効性につき検討する。

2  経営上の必要性について

(一) (書証略)によれば、債務者において、債権者らの雇用を継続した場合、平成一〇年度の試算で、その人件費として年間六六一万八九六四円の支出を要すると認められるところ、前記一1(一)、(二)並びに2(一)ないし(三)で認定した各事実によれば、債権者らは、いずれも債務者に常勤ホームヘルパーとして雇用されたものであること、債務者が運営してきたホームヘルパー派遣事業は、長門市から委託を受けて行っていた事業であり、同事業の予算は、全額委託者である同市からの委託金で賄われていて、その使途も限定されていたこと、委託者である同市が平成一〇年度から同事業の委託先を債務者から福祥会に委託替えすることを決定したことから、債務者の同年度以降の同事業の受託が不可能となったことが認められる。とすれば、右事業にホームヘルパーとして従事してきた債権者らに対する人員整理は、債務者の合理的運営上やむを得なかったものと認められる(この点、(書証略)(家庭奉仕員派遣事業委託契約書)一一条二項によれば、本件委託契約を解除するためには「やむを得ない事由」の存在が必要であり、かつ右解除に当たっては、長門市と債務者との協議を経ることを要するとされているが、前示した事情は、かかる事由に該当すると解される上、前記一2(四)で認定した事実によれば、平成八年二月一五日に両者が協議した事実が認められるのであるから、この場合、右条項に反する点は指摘されないところである)。

(二) これに対し、債権者らは、会費の値上げや善意銀行会計等からの一般会計への繰入れ、ボランティア基金・社会福祉基金の取崩し、パート経費の削減が可能であり、これらによれば、債権者らの前記人件費への支出は可能であり、解雇による人員削減をする必要はなかったと主張する。

しかしながら、前記一2(五)及び(九)で認定したところに照らせば、会費の値上げは、長門市民の了解を得ることを要し、必ずしも容易になし得るところではないと認められる(書証略によれば、熊毛町社会福祉協議会は、平成一〇年四月より一般会費五〇〇円を一一〇〇円に、特別会費を一〇〇〇円から二〇〇〇円に、それぞれ値上げした事実が認められるが、同様の値上げを実現するためには、長門市民の理解が必須であるところ、果たして、債権者らの雇用継続のためのみにかかる理解を得られるのか疑問の余地がある上、そもそもこれを実施するに当たっては長門市の承認を要するところであり、債務者がひとりなし得る事項ではないから、右(書証略)をもって、右認定を覆すには足りないというべきである)。

また、善意銀行寄付金についても、右に認定したところによれば、人件費に使用することも困難であると認められる。これに対し、(書証略)(平成七年度ないし平成九年度の長門市善意銀行会計決算書)によれば、善意銀行から一般会計へ繰り出していることが認められるが、本件全疎明をもってしても、それらが人件費に充てられたとは認められず、また、(書証略)中には、債務者の前田前会長が善意銀行を人件費にあてることが可能と述べたとの部分があるも、前記のとおり、果たして、債権者らの雇用継続のためのみに、そのようにすることが、長門市民の理解を得られるのか疑問であり、したがって、右各疎明をもって右認定を覆すに足りない。

さらに、(書証略)によれば、債務者は、平成一〇年三月三一日現在で、ボランティア基金として三三七八万八五五〇円、社会福祉基金として八一四万〇九六四円を有することがそれぞれ認められるものの、前者については、(書証略)(長門市ボランティア基金設置要綱)によれば、使途が定められている(五条)上に、原資の取り崩しが禁止されており(七条)、後者についても、(書証略)(長門市社会福祉協議会社会福祉基金規程)によれば、基金の設置目的が社会福祉活動の効果的な供給による福祉の増進とされ(一条)、使途もその目的達成のための事業への支出とされているのであるから(六条)、これらをもって、債権者らの人件費に充当することができるとは認められない。

なお、パート経費の削減についても、一面では、それが新たな雇用問題を生じさせる可能性を持っていることも否定できず、やはり、実現の可能性は乏しいといわざるを得ない。

このように、債務者が、いくら長門市と別個独立の法人であり、地域の社会福祉事業の実施主体として担うべき責務と権限を有するといっても、財政的な関係を主とする事項については、その公正さと明朗化を確保する見地から、おのずと、右に判断した点を含む一定の制約があるのであり、決してこのことを度外視するわけにはゆかないことは、見易い道理である。

よって、債権者らの右主張はいずれも理由がない。

3  整理解雇を回避する手段の有無

(一) 前記一2(四)ないし(七)及び(一〇)で各認定したごとく、債務者は、債権者らに対し、再三にわたり、福祥会へ移籍するよう説得し、実際、債権者らにつき、長門市を通じて福祥会に対し、これまでとほぼ同様の労働条件で採用するよう働きかけてその旨の合意に達し、その後、債権者松山については、債務者における他の事業への配置転換を検討し、債務者に残留することを前提とした予算編成をして、それを長門市に提出したこと、また、いったんは福祥会に移ることを決めていた債権者酒井についても、見嶋において、面接試験のみで福祥会へ移籍できるよう福祥会関係者を説得したこと、以上の各点が指摘されるのであるから、これらによれば、債務者は、本件解雇回避のための真摯かつ合理的な努力をしたものと認められる。

(二) これに対し、債権者らは、債務者において、他事業の積極的な展開や、ケアマネージャーの育成等の仕事が可能である上、債権者らに対する減給や一時休業等を選択すれば、本件解雇を回避できたと主張する。

しかしながら、他事業の展開については、その財源や長門市による承認の有無を含め、実現の可能性が不明であるし、減給や一時休業についても、既に認定のとおり、債務者において、債権者松山を配置転換しようにも定員に余裕がなかったというのであるから、これらを検討しても、結局、本件解雇に踏み切らざるを得ないという結果は変わらなかったものと思料される。

また、(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、平成一二年四月一日から介護保険法が施行され、同法に基づく介護保険制度(四〇歳以上の国民が、所得に応じて介護保険料(当初三年間、一人平均月額二五〇〇円)を支払い、六五歳以上になれば、利用料を支払ってホームヘルパーの派遣や特別養護老人ホーム入所などの介護サービスを受けられるというシステム)が実施されることで、債務者がホームヘルパー派遣事業を独自に再開することも可能となると認められる。そして、債務者代表者の審尋の結果によれば、債務者において、介護保険法施行後、ホームヘルパー派遣事業を再開する可能性を有していることが認められるが、実際に、かかる事業を再開するかどうかは、その時点における長門市や債務者の財政状況その他諸般の事情を踏まえた経営判断によることを要するのであるから、右ホームヘルパー派遣事業再開の可能性をもって、右認定を覆すに足りないというべきである。

4  解雇手続の相当性、合理性の存否

前記一2(五)ないし(八)で各認定したごとく、本件解雇に際しては、債務者において、債権者らに対して、その事情を説明し、福祥会への移籍をすすめ、現にそのための手筈も整え、市職労あるいは山口県自治体一般労働組合とも、団体交渉の機会を数回持っており、また、前記二で判断したとおり、債務者が債権者らに対し雇用継続を約束した事実までは認められないこと、以上の諸事情が存在する。

してみると、債務者は、本件解雇をなすに至るまでに、債権者らに対し、当初、債務者へ残留できるかもしれないとの期待を抱かせた幹部の言動が存したことは否定し得ないが、それを考慮に入れても、なお、同解雇を回避せんがための手立を尽くしていたものと認められ、これによれば、同解雇手続が不相当・不合理であったとは解されない。

5  したがって、本件解雇は、前記三1で検討した整理解雇の要件をいずれも満たすものと認められるので、解雇権の濫用を理由に無効となるものではないと解される。

第四結論

以上の次第によれば、争点3につき判断するまでもなく、債権者らの本件各申立てはいずれも理由がないことになるから、これらを却下することとし、申立費用につき、民事保全法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 向野剛 裁判官 上田洋幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例